テキサス研究留学日記

テキサスに放牧された大学院生が博士号を取るまでの奮闘記

テキサス研究留学日記(2)〜準備から出発まで〜

こんにちは。Mr. Saitoです。

 

前回記事の続き。

masa-saito.hatenablog.com

 

次の手段

f:id:masa_saito:20160617113925j:plain

失意の日々が数日続きましたが、最終手段にでます。

 

TOEFL iBTスコアがない場合は、渡航先の大学の留学生科の職員と直接ビデオ面接をして、十分な語学力があるかどうか判断され、合格・不合格が決まります。

 

ビデオ面接を申し込んでからは、会話の猛練習をしました。留学が決まってから英会話スクールに通っていたのですが、面接の練習もしていただいて、しっかり準備することができました。

 

そのおかげで、なんとかビデオ面接を合格したのです。

 

というか、質問が簡単すぎて、本当にTOEFL80点レベルなのだろうかと心配になりましたが。

 

とうとう最後の書類が揃い、VISA申請のための書類をまとめて一旦アメリカの受け入れ先の大学に送ります。この時11月上旬。VISA面接を受けるために必要なDS2019を受け取ったのが11月下旬でした。

 

VISA面接へ東京へ

f:id:masa_saito:20160807095147j:plain

 

さて、VISAの面接の予約を取り、12月上旬に東京都内にあるアメリカ大使館に赴きました。非常に混むので朝8時30分には大使館の門の前にはいたと思います。出国審査並みのセキュリティーチェックを受けて中に入りました。それまでに様々なブログ(渡航関係)を読み、どの程度時間がかかるか、どんな質問が来るかなどはリサーチ済みです。

 

 

。。。あれ。あれれ。

 

 

なんと、3時間程度待つと覚悟していたら30分も経たずに呼ばれ、簡単な質問を受け答えしただけでVISAが発布される事が決まってしまった。こんなに簡単なのか。

 

気になって後で調べてみると、留学目的や留学先の招待状があるとそんなに時間がかからないという事だった。

 

ちなみに、VISA面接の予約はなるべく早く取ったほうがいいでしょう。混雑時には予約が1ヶ月先になる事もザラだとか。三日後に取れた私はかなりラッキーでした。

 

翌週にはVISA付きのパスポートが帰ってきました。これで、ようやく留学に行けることが決まりました。すこし、ヤキモキしていたのは、その翌週にアメリカ出張があったという事。今回はVISAを使わない滞在ですよとなんども入国審査で念を押した。

 

 

ついに出国1週間前

f:id:masa_saito:20160807095250j:plain

いよいよ出国まで1週間となったクリスマスの日、受け入れ先の大学の研究室の学生で、自分が所属する研究室の後輩だった子が研究室訪問してきた。彼は、僕にアメリカでどんな研究をやるのか興味があったらしく、僕も何かコメントが欲しいなと思い、研究計画書を見せた。

 

俺 「。。。どうだろうか?」

彼 「これほとんど私の研究と同じ内容ですよ。

俺 「」

俺 「。。。え?」

 

半年に渡って準備してきたが、もうすでにやられていただなんて。1年前、彼の発表を国際学会で聞いた時は、この内容とは違ったのに。彼に訊いてみると、同時並行で私の研究と似た事もやっていたという。これは、自分のリサーチ不足だった。

さらに話を訊くと、かなり研究は進んでいるようだった。自分のやりたいことをやっているので、研究の説明を聞いている時は楽しかったのだが。

ともあれ、同じ研究を同じグループでやるわけにもいかないので、急遽研究計画を練り直す事になった。

 

ただ、半年かけて練ってきた研究計画に匹敵する質のものは数日で書けるわけもなく、これまで書き留めてきた研究アイデアノートとにらめっこしつつ、時は過ぎていった。この時は吐きそうなくらい追い詰められていた。

 

数回、自身の指導教官に研究計画案を提出するも、すべて却下された。質が足りないと。そらそうだよなぁ。

 

そうこうしているうちに、出発の日が近づいてきた。結局、研究アイデアノートの中で一番斬新なアイデアを元に、研究のアウトラインだけ決めてなんとかGOサインが出たので、とりあえず、研究室を後にした。

しかし、実現可能性を含めて何一つ先が見えない。「D4*1」がちらついた状態である。

 

そして出発の日。両親は、僕の事を心から応援してくれた。成田空港に向かう車中、幾ばくの寂しさを憶えた。

 

これからの10ヶ月は、自分の研究者としての能力が試される。裸一貫でいいじゃないか。やってやろう。 

 

押しつぶされそうな不安の中にも、身体の奥底からメラメラとやる気が湧いてくるのを感じながら、飛行機はヒューストンに向けて飛び立った。 

 

続く。

*1:博士課程後期を3年で卒業できないという事